8月半ば、台風の煽りでここ最近はひどい天気である。
外出しようかどうしようかと考えていたベッドの上の12時過ぎ頃、
以前勤めていた会社の同僚からLINEで連絡があった。

「残念ながら仕事退職して長野帰ります
 お元気で」

簡潔な文章のあとに慣れない泣き顔の顔文字が浮かんでいる。

彼とは4年弱くらいの付き合いで、
飲んだり一緒にゲームの話をしたり、お互い身の上の相談をする間柄であった。
近況として、退職や帰省に至った流れもなんとなく知っている。

「そっか、お疲れ様」

正直どう返せばいいのか、と眉間にシワを寄せて悩んだあげく申し訳程度の切り返しになってしまった。

「どっかでメシでも食うかね」

取ってつけたような言葉から、以前行ってみたいと言っていた新橋の中華屋に向かうことにする。
義務感とか使命感とかいうかっこいい言葉の上澄みをすくったような、こういうときの気分はとても形容しがたい。



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最近購入した愛車Audiで迎えに来てくれるという。

きれいなブルーの車体が特徴的で、ほんとうに丁寧に乗っていた。
これも、維持費がかかるので売るとのこと。
実家の足はホンダのN-BOXになるそうで、買い替えのため一度名古屋に行くのだ、
とゆっくりハンドルを回しながら淡々と語っていた。

彼について少し説明すると、
物静かで真面目でちょっと天然、会話に面白みはあんまりないんだけど、話してるとちょっとホッとする。

こちらの悩みごとや面倒事は、
真面目に真摯に不器用に話を聞いてくれた上で、
若干、又は大幅にピントのズレた返答が投げ返されてくる。

ピンぼけした写真を見直していたら、存外いいカットでなんとなく気に入って取っておくような
ちょっとぼんやりしたいいやつ、という印象。

部屋はきれいで几帳面で、置いてあるものはまあまあ個性があって面白いが、普段会話している中からはあんまり特徴が見えないという、隠し味をくしゃくしゃに丸めて無印の段ボール箱にしまったような彼であった。


新橋の裏通り、目的の店は残念ながら夏季休暇を取っていて、空腹に耐えかねて近場のラーメン屋に入る。
二郎インスパイア系と称せられる、こってり、というよりごってりした太麺の背脂豚骨。

「たまに無性に食べたくなるんですよね」「食べてめっちゃうまい!ってなるわけでもないのにね」

とそういった店の付近でよく話されていそうな会話。
雨は止まず、そのまま喫茶店探しにしばしドライブすることに。



葛飾区亀有の、かがまないと頭をぶつけそうな(もちろんそんなことはないのだが)狭いアーケード。
道の左手にある小さな喫茶店でプリンとコーヒーを注文した。

実家に帰ることになった彼の悩みや問題について、細かくはここでは語れない。
相応に辛いことがあって、数年単位で苦しんでいたのでおいそれと説明するにもはばかられる内容になる。

優しすぎてあんまり怒れない人間というのは、問題や物事を全部しょいこんだり、自分のせいにしたりして、忘れたり放り出したりができず、それでずっと苦しみ続けることがあり、彼はそういう人間であった。

ただ、運転の最中や、コーヒーの付け合せにしたとりとめもない会話の中に、ほんの少し怒りが滲んでいたり、葛藤が見えたり消えたりと、今までの彼からは出てこなかった感情みたいなものが見えて、すこしホッとしたのを覚えている。



そういえば、亀有の香取神社の奥に、キャプテン翼のPOPが置いてあった。
南葛FCの葛は葛飾の葛である。

また、香取神社の主祭神は経津主神(フツヌシノカミ)と建御雷神(タケミカヅチ)。
前者は剣の神、後者は対となる武人で、悪霊退散や必勝祈願を祈る場所である。

十円のお賽銭では心もとないが、願わくば彼が悪縁を断ち切り、ムカついたことをサッカーボールのように蹴っ飛ばすことができるようになればいいと思った。

北東の空に手を合わせて筆を置く。